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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5997号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

本件は、刑事被告事件の被告人として出頭するため裁判所庁舎内にいた原告が、警察官に暴行を受けたとして損害賠償(慰藉料一〇〇万円、弁護士費用三〇万円)を求めた事案である。本判決の事実認定によると、原告は赤ヘルメツトをかぶつて、支援団体の者等約五〇人の集団の中におり、右集団は裁判所前の道路をシユプレヒコールをしたりしながら通行し、庁舎内にはいつた。警察官らは、原告が指揮者だと考え、原告が裁判所庁舎ホールの一階から二階へ通ずる階段を上がりかけたところを、からだをつかんで引き降ろし外へ連れだした。ところが原告の申出により、原告は当日の公判に出頭した被告人であることが判明し、警察官らは拘束を解いたものである。本判決は事実認定の理由を詳細に説示しており、実務上参考に値する。また慰藉料額等の判断も参考になろう。なお、本件については警察官の一人が刑法一九六条の罪で準起訴手続により公訴を提起されているが、近くこの刑事判決が言渡されるようである。

【判旨】

(六) 原告は、警察官らによる右の暴行によつて、顔面四か所、右後頭部、左下肢二か所挫傷、上口唇、下口唇の内側挫創、左臀部、左下腿、右肘挫傷、内出血の傷害を受けたが、その日のうちには医師の治療を受けなかつた。そして、翌日尼崎市内の診療所におもむいて、田島隆興医師によつて傷口の消毒や湿布、鎮痛剤の投与を受けた。傷の痛みは一週間程度ではほぼ完治した。

2  本項では、右1の認定事実のうち、警察官らの暴行による原告の受傷の事実につき、右認定に至つた理由を説示する。

(一) 原告が警察官らによつて暴行を加えられたという本件請求原因に副う直接の証拠は、①証人院去嘉晴の証言、②証人大森寅雄の証言、③原告本人尋問の結果、④原告の受傷の事実を証する証拠類、であり、逆に、これを否定する直接の証拠は、当時現場に居合わせた警察官らの供述(本件における証言と刑事手続における証人尋問調書、供述調書類)である。当裁判所は、右①ないし④の証拠、特に①と④を措信して前記認定に至つたものであるが、④については原告の受傷の程度にも密接な関係があるので、後記(二)で触れることとする。

証人院去嘉晴の証言によれば、同証人は、本件犯行当時大阪地方検察庁の検察官であつて、当日たまたま東新館一階の法廷で開かれることになつていた別の事件の公判に立会うために現場に来て居合わせたものであるが、ホールの南側の、倒れた原告から数メートル離れた位置で原告が白ヘルメツト姿の者を含む警察官らによつて暴行される状況を目撃した旨証言しており、右証言は、その内容や同証人の職業をも考慮すると十分信用することができる。もつとも、同証人も証言しているように、当時ホールは多数の人がおり、同証人と原告の間にも何人かの人がいて、同証人はこれらの人の頭若しくは肩越し又は人と人との間から原告の周辺を見ることになるわけであるし、当時天候は曇天でホール内は薄暗かつたこともあつて、暴行の詳細な内容についてまで完全、克明に一部始終を目撃するには困難があつたであろうと思われる。しかし、制服警察官の服装はきわめて特徴的であり、特に白ヘルメツトは目につきやすいものであること、同証人は一メートル七八センチ(同証人の証言による)の長身であり、ホールの群集は絶えず動いているのであるから常に視界をさえぎられるということはないこと、同証人は職業柄通常人より鋭い観察力をもつているであろうし、あいまいな点をあえて断定的に供述するとは考えにくいこと、同証人について原告に有利になるように作意的な証言をする動機は全く見当らないこと、などから考えて、少なくとも警察官らが原告に暴行を加えたという点については、同証人の証言の証拠価値を疑う理由はない。

証人大森寅雄の証言、原告本人尋問の結果については、大森寅雄が原告の相被告人の家族であることや、両名の供述の他の部分に措信できないところがある(ことに原告本人尋問の結果について顕著である)ことなどからみて、証人院去の証言ほどの証拠価値には欠けるというべきであるが、警察官による暴行の点に関する限り、証人院去の証言にも照らして、それなりの証拠価値は認められる。

これに反して、現場に居合わせた警察官らの供述は、大別して、倒れた原告の直近にいたが、足蹴りなどの暴行を加えた事実はない、又は、倒れた原告の様子を終始目撃していたが、周囲の警察官らによつて暴行を加えられた事実はない旨の供述と、原告が倒れた際、他の所を見ていたため、又は、人垣にさえぎられて見えなかつたため、暴行があつたかどうかは分らない旨の供述との二つに分れる。そのうち、後者については、その供述の真偽はともかく、暴行の事実の認定の妨げになるものでないことは明らかである。前者についてはその中にも、暴行は加えていないが、原告が足をばたつかせるので、それを避けるため自分の足でそれを押え又は振りはらうような動作をしたことはある旨の供述もあるのであつて、これらの供述者の立場も考えあわせると、結局、前述のような暴行の認定に積極的な証拠に比して、信用性の点で劣るものといわなければならない。

(二) 原告がこうむつた傷害については、<証拠>によつて前記のように認定することができる。もつとも、甲第一号証の診断書には、傷害の程度について二週間の通院加療を要するものと認める旨の記載があるか、これはこのような診断の当然の性質として、その時点における診断者の推測を記載したものにすぎず、診断書を作成した田島隆興医師がその後原告を診断して、傷害の予後について経過観察をした事実も窺えないので、傷害の程度については前記の程度の認定にとどめる。

<証拠>によれば、診断書を作成した田島隆興医師は原告と思想傾向を同じくする団体に所属していた経験があること、原告は自己の所属する団体の構成員と協議して診断書の交付を受けることにし、翌日にわざわざ自己の住居から離れた尼崎市内の診療所におもむき、特に田島医師を指名して診断を受けていること、診断料や診断書の交付手数料の支払いがなされた形跡はないことが認められ、これらの事実と原告が暴行を受けた当日には医師の治療を受けていないことからすると診断書の記載内容の正確性について若干の疑念なしとしないが、未だ診断の事実が全くなかつたとか、診断内容がことさら誇張されたり偽られているとか、診断書の日付が遡らされているとかを疑うまでの根拠はない。また、診断書記載の原告の負傷が左半身にかたよつている傾向があることは、転倒した際左半身を下にして横向きになり、えび状に身をかがめて警察官らからの暴行を防ごうとしたという原告本人尋問の結果と符合しない点があるが、原告が右のように専ら防御の態勢をとるに終始したということ自体はなはだ疑問で、実際にはからだを動かして抵抗していたことが前記二1(四)の事実から推測されるのであつて、この点は診断書の記載内容の信用性を左右しないというべきである。

なお、診断書記載の原告の負傷が、東新館にはいる前のもみ合いその他の階段下の転倒時以外の時点で生じたものと推認させるような状況があつたことを認める証拠はなく、結局、転倒時に警察官の暴行によつて生じたものとするほかはない。

三右一、二に基づいて被告の責任について判断する。

本件は、事後的、客観的にみれば、公判期日に出頭した被告人である原告を、裁判所から警備要請を受けてもいない天満警察署の警察官らが集団で裁判所の庁舎内に立ち入つて引つ張り出したり、あるいは転倒した原告に足蹴り等の暴行を加えたりした事案であつて、警察の使命、職責に違背しているといわざるえない。

しかしながら、先に判示した当時の具体的状況、特に、裁判所庁舎正面玄関から東新館入口までの被告人・傍聴人の集団の行進の少なくとも一部は一見いわゆる過激派集団のデモの態様をとつていたこと、これを制止するために出動した警察官らに集団の構成員が行先や目的を全く告げようとせず、かえつてもみ合いになつたこと、この状況は原告が集団のほぼ最後部から東新館の二階へ通ずる階段を上がるときまで続き、警察官らが原告を公判期日に出頭する被告人であると知つたのは原告が庁舎外へ連れ出された後であること、当時いわゆる過激派集団による官公署庁舎等の襲撃や暴力的行動が処々で発生していたことなどの事実に徴すると、警察官らが原告を含む集団が裁判所庁舎内に侵入しこれを占拠する意図ではないかと疑い、これを排除しようとしたことも、一概にゆえのないこととはいえないのであつて、その意味では、原告を初めとする集団の構成員らが初期に行先や意図を告げて誤解を解く挙に出なかつたことも本件発生の一因になつていることは否定できない。

とはいうものの、警察官らが転倒した原告に暴行を加えたことは、全く弁解の余地がない暴挙であつて、到底これを正当化することはできない。二1に掲掲記の証拠によると、当時、東新館一階ホール内の特に原告の周囲にいたのはほとんど制服・私服の警察官だけであつて、少なくともその時点、局面では原告はいわば全く孤立無援の状態で警察側は力関係で圧倒的な優勢にあるのであるし、原告は階段から引きずる降ろされてから転倒するまではせいぜい引きずられまいとして力をいれたり、手足をばたつかせるくらいの抵抗しかしていないのであつて、もちろん武器又はそれに代わるようなものも何ひとつ身につけていなかつたことが認められるから、警察官らが所期していた庁舎内からの排除という目的を達するため、あるいは抵抗を排除、制圧したり、原告による暴行から身体を防護するために、原告に前記のような暴行を加える必要は全くなかつたというべきであり、これはそれまでの原告を含む集団の行動をあわせ考慮しても同様である。結局、警察官らの所為のうちには、一部、転倒した原告がばたつかせる足によつて蹴られることを避けるため、自分の足で原告の脚を押えつけたり、はらいのけたりする動作も含まれていたにせよ、原告ないしそれを含む集団の一連の行動に対する腹いせ、仕返しとしての暴行があつたと推認せざるをえないのであつて、このような行為が許されないことは論を待たないところである。

原告に暴行を加えた警察官らはいずれも天満警察署属の警察官であつて、被告の公権力を行使する公務員であり、また、右暴行は国家賠償法一条一項にいう職務を行うについて故意により違法に他人に損害を加えたものに該当するから、被告にはこれについて同法条項所定の損害賠償責任がある。

そして、先に判示した暴行に至るまでの経緯、暴行の態様、原告の受けた傷害その他の事情を考慮して、原告の対する慰藉料の額として金二〇万円が、また被告が賠償すべき弁護士費用としては金三万円が、それぞれ相当であると認める。

(石川恭 井関正裕 西尾進)

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